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人工内耳で大きく変わる難聴児の人生
 20年前には高度の難聴には治療法はありませんでしたが、1970年代に人工内耳が開発され80年代に臨床に応用されるようになり、日本では平成6年から保険適用されるようになっています。既に全世界では10万人のユーザーがおり、日本では6000人を越える難聴患者さんが人工内耳をつけています。
 人工内耳を普及させる上で難しいのは手術で埋め込むだけでは十分ではなく、特に小児の場合には術後のトレーニングが必須になります。先天的に難聴の場合には音を聞いたことがないため、音を脳に伝える神経のネットワークや言葉が出てくるのに必要な神経のループが出来ていません。この神経のループは音が入ることで発達してくるのですが、日本にはそれをうまく引き出すトレーニング施設や人材がまだまだ不足しています。
 信州大学医学部附属病院では人工内耳の調整やトレーニングを行う人工内耳センターを開設し、手術後の子どもたちが音を聞いて言葉が伸びるように、また親御さんが自分の言葉で子育てが出来るようにサポートする体制を整えているほか、長野県と共同で長野県難聴児支援センターを立ち上げ難聴児の支援を行っています。
新生児聴覚スクリーニングで早期発見と早期治療を行う
 長野県の場合は、県と大学病院が連携して難聴の子どもたちを早期に発見して療育する体制が整っています。難聴児の場合には、まず大切なのは早期に発見して、治療を開始することです。
 というのも音を脳に伝える神経が発達するのに重要な時期は2〜4歳で、この時期を逃すと治療しても言葉をうまく伸ばすことができないのです。耳から入ってきた音が内耳で電気信号に変換され、それが聴覚神経のネットワークを通って脳に伝わる。子どもはそうして入ってきた言葉を真似して発音することを繰り返しながら言葉を覚えていきます。この期間を臨界期と呼んでいますが、臨界期に音の刺激が入ってこないと聴覚から発声のループが構築されず、結果として言語を伸ばすことが困難になるのです。
 従来は2歳前後で「音に対する反応がないようだ」、「うちの子どもは喋らない」ということで親が難聴に気づきました。その時点で治療を始めても聴覚のネットワークが構築される重要な時期が過ぎてしまっている場合には言語の習得が遅れてしまう。もしくは、人工内耳を埋め込んでもなかなかうまく音の情報を利用できるようにならなかったのです。ところが最近は新生児聴覚スクリーニングが普及してきたので、新生児のうちに難聴が発見されようになりました。高度の難聴でも、早期に発見し、早期に療育ができれば、そういった遅れを最小限にすることができるのです。
 聴覚スクリーニングで異常と判断されたから、すぐに人工内耳を埋め込むということはありません。中等度までの難聴であれば補聴器で音を増幅してあげれば、聴覚を利用して言葉をのばすことが出来ます。現在の日本の学会のガイドラインでは人工内耳の埋め込みは1歳半以降とされていますので、高度の難聴の子どもでもその時期までは補聴器を使って音の刺激を少しでも入れて、聴覚神経のネットワークができるようにします。
 また、新生児のころは中等度の難聴であっても、将来的に高度の難聴になる場合もあります。今は聴覚検査、画像検査、遺伝子診断など様々な検査を組み合わせて正確な診断を行った上でご両親に人工内耳をお勧めしています。
人工内耳センターの役目
 人工内耳は体内に埋め込むインプラントと体外のスピーチプロセッサでできています。手術をしてインプラントを埋め込み傷が安定した後に調整とトレーニングが始まります。
 何らかの原因で聴力を失った大人の場合には「リハビリテーション」と呼ばれていますが、子どもの場合には「ハビリテーション」という言葉を使っています。聞く能力、聞き分ける能力、それを真似して話す能力を一から獲得していかないといけません。大学病院でこうしたトレーニング施設を設けセンター化してハビリテーションに取り組むのは信州大学医学部附属病院が始めてです。私も難聴の医療をやり始めて思うのは、子どもたちの将来を考えれば考えるほど医療以外の分野にも踏み出していかなければならないということです。
 医療、福祉、教育の狭間に難聴の子どもたちは置かれているのです。人工内耳を始めとする医学の進歩にそれを取り巻く環境が追いついていないのが現状です。昔であれば難聴の子どもたちは補聴器をつけろう学校に進む以外に選択肢がありませんでした。しかし、人工内耳が登場したことで聴覚を利用して言葉を獲得し普通学級に進むという選択肢が生まれてきました。親の意識も変化し、できることならば普通学級に通わせたいという家庭も増えてきました。
 ところが、人工内耳を使っても正常な聴力になるわけではありません。家庭や学校で1対1で話す時は困らなくても、大勢が話している小学校の教室では、よく聞き取れない場合も出てきます、また学校の授業についていけなくなってしまう場合も出てきます。人工内耳を使って普通学校に通っている子ども達にも要約筆記を始めとするさまざまな支援が必要なのです。
退院してからのサポートも考える
 医学の進歩により、これまではろう学校しか選択肢がなかった高度の難聴児が普通学級に通い、就職し、一般社会の中で暮らしていくという時代になりました。退院すれば終わり、自分たちは関係ないというのでは医療は完結しません。退院後、彼らがどうやって生きていくのか、どんなサポートが必要なのか、どうすれば満足に暮らしていけるようになるのかを考えて環境を整えるのも医師の役目だと思います。
 現在そのためにも様々なことに取り組んでいます。市民講座を始めとする啓蒙活動や相談会も機会があるごとに行っています。難聴児が通っている学校の先生とお会いして難聴児の教育についてケース会議をもつこともあります。教育ばかりでなく行政に対しても福祉面で働きかけを始めています。
 また大学病院ですので基礎的な研究にも力を入れています。現在は国内33施設から難聴の遺伝子サンプルが送られその原因遺伝子を特定する「難聴の遺伝子診断」の多施設共同研究を展開しています。「難聴」は病名ではなく、症状に過ぎません。腹痛という病気が無いのと同じで、何らかの原因があり難聴という症状が出ているのです。将来的には難聴の原因を突き止めて治療に結びつけて行くことを目指し努力しています。
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大学病院医療情報ネットワーク
発行:国立大学病院長会議常置委員会  広報担当事務局:岡山大学病院  編集・制作:(株)日経メディカル開発